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家族全員で建て替えを進めることが正式に決まり、私はついに、自社の工務店マッチングサービスに申し込みをしました。
普段は案内する側として関わってきた場所に、今度は「お客様」として足を踏み入れることになりました。胸の奥がそわそわして、落ち着かない気持ちでした。
申し込み画面を開きながら、「本当にここから始まるのだ」と思った瞬間、ようやく現実味が出てきたような、不思議な心地よさと緊張が入り混じっていました。
申し込む前に立ちはだかった「言語化できない気持ち」
サービスの流れは理解しているはずなのに、申込みページを前にすると指が止まりました。カーソルだけが点滅していて、思いついたことを書いては消し、また書いては消し……自分の中にある要望をどう表現したらいいのか分からなかったのです。
「とりあえず書いたことが後で足を引っ張らない?」
そんな不安ばかりが浮かんできました。
しかしこの迷いは、決めきれていないせいではなく、まだ考えきれる段階にいないだけなのだと思いなおし、肩の力を抜いて申込を行いました。お客様には「まずは思っていることを教えてください」とお伝えしていたのに、いざ自分の番になると、申込みを記入するだけでも緊張するのだと痛感しました。頭の中にある「こういう家に住みたい」という断片を言葉にする難しさを、初めて知りました。
「まずは一歩だけ進んでみよう」という小さな決意で申込みボタンを押します。最初は曖昧でも、進む中で少しずつ形にしていけばいい——そう思いながら、スタートを切りました。
一番最初の「受付」で家族に聞いたこと
通常は、申込み後にコーディネータがお電話で受付を行います。申込内容を確認するご計画内容のヒアリングです。お伺いするのは、主に次の内容です。
・土地の状況
・建物のイメージ
・予算の考え方
・大まかなスケジュール
これらはご紹介する工務店をピックアップする指標になります。今回は私が家族に「受付」として計画のヒアリングを行うことになりました。
母の希望は、
・バリアフリーで1階だけで生活できる家
・造作の棚やデスク、ベンチがほしい
父の希望は、
・書斎がほしい
・音楽を楽しみたいので防音がいい
さらに、今の家の不満を確認していくと、新しい家に何を求めているのかが少しずつ見えてきました。
「冬がとにかく寒い」
→ 高断熱の高い家にしたい
「洗濯機が1階で、干す場所が2階なのがつらい」
→ 洗濯機の近くにランドリールームがある、または干し場まで近い間取りがいい
最初は短時間で終わると思っていた受付は、気づけば1時間近くかかっていました。ただ、途中で両親の表情が少しずつほぐれ、「そういえばね……」と新しい要望が出てくる瞬間が何度もあり、会話の温度が変わっていったのは良かったと思います。
普段の何気ない会話では出てこなかったはずの本音が、質問をきっかけに浮かび上がってくる様子を目の前で見て、家族であっても“話す場”をつくらないと、本当に考えていることは共有されないのだと感じました。また、ヒアリングとは単に“答えを聞き出すための作業”ではなく、聞かれた方も考えや要望が整理されていく時間なのだと実感しました。
コーディネータとしては何度も見てきた光景でしたが、改めて自分の家のこととなると、その実感はまったく違っていました。
候補の工務店を自分でリストアップした日
「受付」で出てきた要望を整理すると「造作家具」「家事動線」「あたたかい家」という3つのキーワードが浮かびました。造作家具とは、大工さんが作る作り付けの棚やデスクのことです。家具屋さんで購入する家具とは違い、壁などにぴったり合わせられるのが魅力です。
ただし、条件に合いそうな会社を並べるだけでは、予算から大きくはみ出してしまうこともあります。
また「あたたかい家」といっても、断熱等級の数値をどこまで重視しているのか——そういった点も確認が必要です。
そうした方向性を踏まえながら候補を絞り、さらに、足の悪い母でも行きやすいよう、ショールームや事務所の場所も少し考慮し、結果として9社をリストアップしました。普段は「お客様の選択を助ける側」として行ってきたことを、今度は自分自身の家づくりとして経験できるのは、とても不思議で、どこか心強い時間でした。
候補が出そろったことで、ようやく具体的な選択肢が目の前に現れたような感覚があり、“家づくりが動き始めた”という実感が少しずつ湧いてきました。
ようやく、スタートラインに立てた
受付を終えたあと、私は深く息を吐きました。家づくりの第一歩を踏み出したものの、申込時に抱いていた不安がすべて消えたわけではありません。それでも、質問に答えていくなかで、漠然としていた要望が「これをしたい」という輪郭を得ていくのを、両親の表情や言葉の変化から感じました。
家づくりは、最初の段階から答えを持っている必要はありません。言葉になったことは判断の軸になり、途中で変わってもかまいません。その変化こそが、家づくりが進んでいる証拠なのだと思います。
もちろん、ここからは「予算」や「現実」とのすり合わせがありますが、話せる言葉を手に入れたことで、次の段階に進めそうだと思いました。
最終的にどの工務店を選ぶのはお客様自身です。その前段階として、コーディネータは答えを与えるのではなく、お客様の中にある言葉を出しやすくする調整役なのだと、改めて感じました。
次回:工務店の解説を聞く中で見えてきたもの
受付後、工務店の詳しい特徴を先輩コーディネータから解説してもらう中、「家族として」「施主として」自分たちが何を大切にしたいのか、更にはっきりとした言葉になり始めます。ぼんやりした「家を建てたい」という夢から、「新しい家でどう生活したいのか」という現実へ、思考が切り替わっていく時間です。
さらにこの段階で、思いがけない展開がありました。どうぞ次回もお付き合いください。



